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あの貿易戦争の結末はどうなったのか。
『日米逆転』が邦訳されたのは、一九八八年のことだった。
今日すでに、日米経済のパフォーマンスは、さらにもう一度逆転しているらしい。
すると今度は、日本がアメリカの輸出攻勢に泣いているのだろうか。
現実はそうでもなさそうである。
むしろ、九七、九八年の相対的円安を追い風にした日本の輸出増に、アメリカは、相変わらず神経をとがらせていた。
先のクリントン大統領の叱声は、不況で収縮した日本市場の肩代わりをするのはごめんだ、と言っていたのである。
そこで、日米経済の再逆転について、最近ではこんな説明がなされるようになった。
「日本はモノ作りでは勝ったが、金融で負けた」のだと。
これはある意味で的を射た表現だといえる。
ただし、この表現を、製造部門は総じてアメリカとの競争に勝ったのに、金融部門の方が敗れたのだ、と単純に理解してしまっては、かえって問題の本質から遠ざかってしまう。
そうした理解は、トヨタは勝ったが東京三菱銀行は負け序にかえて二十年の禍根、というに等しく、おそらくはモノづくりと金融とを同列においた発想から生まれる。
規制緩和、金融ビッグバンといった、近年の金融市場改革をめぐる議論もまた同根であろう。
モノを作って売る、という経済行為があれば、一方に、売って得たカネを消費した後、余剰分を運用する、という経済行為がある。
モノ経済とマネー経済は一枚のコインの表裏のごとく一体として捉えられなければならない。
「貿易、モノの動き」と「マネー、資本の動き」が一体であるなら、八〇年代の「日米貿易戦争」の裏面では、平行して「日米マネー戦争」とでもいうべき事態が進行していたはずである。
メディアはほとんどそのことを論じなかったが、日本はじつは後者の「戦争」に敗れた。
いや、もう少し正確にいえば、後者の「戦争」の意味を明確に意識していたのは、おそらくマネー経済優位の世界を作り出そうとしていたアメリカ側だけであったろう。
筆者の見るところ、日本の政策当局には、もともとマネー戦略と言う発想がなかった。
そこに今日の苦境を招いた根本的な原因があった。
本書のテーマと全体の構成を、ここで明らかにしておこう。
私たちが、日本経済の困難を前に、反射的にアメリカ経済の姿を思い浮かべるのは、まことに自然な反応である。
アメリカ経済との深い関わりなくして、この二十年間の日本経済の迷走はあり得なかった。
日銀の発表によれば、日本が保有する対外純資産の額は、九七年末で一二四兆六〇〇〇億円。
これは国内総生産のほぼ二割に相当する。
七〇年代、巨額の貿易黒字を背景に債権国の仲間入りを果たした日本は、たちまちその地位を高め、世界最大の債権国の座についた。
一方、アメリカは、一兆三二〇〇億ドルという、これまた奇しくもGDPの二割に相当する世界最大の対外純債務を抱えるにいたっている。
さらにいえば、日本はアメリカに対して他国よりひときわ多額の債権を有し、アメリカは日本に対してそれに見合う債務を負っている関係にある。
世界最大の債権国が経済危機に陥り、その債権国に膨大な債務を負う世界最大の債務国が、長期にわたる好景気を体験する。
これは少なくともこれまでの国際経済の常識を逸脱した現象である。
そこには何か経済的合理性とは別個の要因が作用していたとみるしかない。
その要因とは何か。
ひと言でいえば、わが国の経済活動にとって与件となっている国際通貨システムの根本に横たわる矛盾である。
つまり、ドルという通貨がいまなお事実上の基軸通貨でありながら、アメリカ一国の経済政策と分かちがたく連動し、その意向を反映した価値の変動をほしいままにしているという現実がある。
それが結果として日本に大きな災厄をもたら序にかえて二十年の禍根した。
わかりやすい例を一つだけあげておこう。
日本はアメリカに巨額の資産を有している。
八〇年代の初めから、生保など機関投資家を主力とするジャパン・マネーがアメリカ国債の形で買いまくったドルこれがその資産の主要な中身である。
ところが、一九八五年以降の円高ドル安によって、それは大きく減価してしまった。
日本がはじめてドルの世界に足を踏み入れたといわれる八〇年代前半の長期国債などは、そのまま保持していれば、九五年四月の円高のピーク時には約七割も価値を失い、九五年以降の相対的ドル高の期間においてさえ、四割以上も減価している計算になる。
バブル破砕による損失には及ばぬものの、為替差損とひと言で片づけるにはあまりに巨額な国富の消失。
これがポスト・バブル時代の日本経済に、いかに重いデフレ圧力となったかは説明するまでもない。
日本の保有するアメリカ国債こそは、ある意味で、究極の不良資産といえるのではあるまいか。
日本は二十年前、債権国として、嬉々としてドルの世界に足を踏み入れた。
しかし、日本が投資先として国富をそそぎ込んだドルの価値は、きわめて不安定である。
そして、不安定であるがゆえに、過去の基軸通貨時代の遺制、アメリカという国の政治的、軍事的ポジションから、そその意向が為替市場に反映されやすい。
極論すれば、アメリカが債務を負う相手国の国力を殺ごうと思えば、為替相場をドル安に誘導するだけでこと足りる。
そうであればこそ、ドイツをはじめヨーロッパ諸国は、「ドルからの自由」を求めてユーロを創設したのである。
日本はそのことを厳しく認識することがなかった。
なぜ日本はアメリカ国債を買い続け、ドルの世界に住み続けたのか。
日本の金融政策当局がとった不可解な選択の背景を解明することは、じつは、私たちが休止した思考を再開し、バブル経済の生みの親である長期低金利政策の謎を解くことでもある。
そうしてはじめて日本の金融市場の改革も、国際通貨システムの不合理と正面から向き合うことができるのではないだろうか。
なっているのは便宜的な区分ではない。
日米のマネー関係の変質する節目が、ちょうど五年ごとに訪れたという不思議な偶然の結果である。
続く第六章では、当然、日本の政策当局の過ちの根本にある問題が摘出されなければならないだろう。
しかし、以上のすべてを理解していただく前提として、問題を歴史的に認識する姿勢が不可欠である。
八〇年代に蒔かれた日本経済の禍根を正しく受けとめるには、日本の政策選択が、大債権国として、どのような点で軌道をはずれていたのかが、歴史的に明らかにされなければならない。
そのために、ひとまず、近代の国際経済をマネー循環の視点から見直してみるのが、迂遠なように見えて近道だと思う。
英国資本の国際移動英国のビターリア循環歴史が近代の扉を開いて以後、世界には、工業化による豊富な経常収支の黒字を、対外投資にふり向け、世界の資本移動の中心軸となった国々があった。
時代順にあげれば、イギリス、アメリカ、そして日本である。
これら三国を歴史上の「中心的債権国」もしくは「中心的資本輸出国」と呼んでおこう。
近代世界にはじめて大債権国として姿を現したのはイギリスで、とくに時の女王の名を冠して呼ばれた「ビクトリア時代」は、「世界の工場」「世界の銀行」の呼称とともに、イギリスの覇権時代として歴史に名をとどめている。
はじめに、「経常収支」についてひと言。
私たちが新聞の経済面などでよく目にする「経常収支」という言葉は、輸出と輸入の差額を表す貿易収支にくらべて、ややわかりにくい。

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